June 06, 1998.
子爵鳥居忠文之墓1
今日の午前中は仏事で本駒込にある吉祥寺に出かけました。
大きなお寺さんです。
中央線の吉祥寺は江戸時代
この寺の檀家の人々が火事で焼け出され
移住した土地にこの寺の名前をつけたものだそうです。
G.V.BLACKDENTAL OFFICEからは
車で15分くらいのところにあります。
本駒込は私がアメリカに留学する直前、
数ヶ月間住んでいた所です。
時間が出来ると吉祥寺の墓地に行きました。
広いところで誰もおらず、
大声で英会話の練習をしても
文句を言われることもなく、
しかもひっそりとしていて、
英会話の勉強にはもってこいの場所だったからです。
何度か行くうちに、好きな場所ができました。
それは甲斐守鳥居家一門の宝域の中の
子爵鳥居忠文之墓の前の石畳です。
ここは墓地のほぼ中央に位置しており、
しかも3mもあるような大名墓の
五輪の塔が立て込んでいる真ん中に
ぽっかりとあいた石畳の空間で、
その中央に寝転がって本をよんでいると
妙に集中できたものです。
ここでの英会話の成果が後の
13年間のアメリカでの生活に
どれだけ役にたったかしれません。
森鴎外全集、永井荷風全集を
読破したのもこの場所でした。
そのうち寺男のおじいさんと仲良くなって、
いろいろなお墓の由来や、
因縁話などをききました。
それらは歴史やガイドの本には
書いてあるようなものでなく、
もっと人間的な実質主義者の話でした。
そのおじいさんの家は
山門の傍らにあったはずなのに
もう今日は跡形亡く消えていました。
それもそのはずで、
ここに来たのは実に17年ぶりのことです。
子爵鳥居忠文之墓は以前と同じ場所にあるはずなのに、
まわりの景色が変わっていて、一瞬通りすぎてしまいました。
かって整然とならんでいた五輪の塔の群は
その大半が傾いて中には崩れているものもあります。
また木や草は茂るに任せてあり、
人の通る道もわからないほどです。
子爵鳥居忠文之墓の隣に先祖のものと思われる
3mの五輪の塔と宝篋印塔があり、
その姿はこの墓地の中で最も美しい形であったのに、
藩主と思われる甲斐守の五輪の塔は
基盤の中から生えてきたケヤキの木が、
その石組みをゆがめて、
今にもくずれそうになっていました。
だれもこの塔を救おうとしないのであれば、
私は自分の青春の思い出を守るために
この五輪の塔の修復を自分一人の力で
成し遂げたいと思っています。
Norman Yamazaki, DDS.


GVBDOの決定事項
